大阪人の東京子育て

おもしろいこと言えない大阪出身者の子育て備忘録

その他帰省と父の体調不良

前回、本の森に行ったことを書いたのですが、その後は暑いし旅行疲れもあるしそのまま帰宅。

夕方、私の弟と子どもが来て、ぼんはいとこ大好きなのでそれから帰るまでずっと遊んでました。私とはほぼしゃべってない笑 こいとも懐いてひっつき回し、抱っこしてもらったり遊んでもらったり、シッターの日当出さなあかんのちゃうかてぐらい。

夜は花火、翌日はサンドイッチやらお菓子作ったり、水風船投げたり。まー子どもたちは楽しんだのですが、実は弟の義父が数日前に急に亡くなってお葬式が終わったばかりでした。うちの母が慰めたらお嫁ちゃんが泣いてしまい、でも中2の息子が寄り添ってて、なんちゅうええ子や!と驚きました。

よもやま話の中で、はよから勉強させたり習い事色々させたりするより、話をちゃんと聞いたるんが今で言う自己肯定感につながってよかった気がする。人として魅力あることの方が生きていく上で大事な気がすると言ってて、実際兄妹揃ってええ子やし、子育ての先輩の言葉としてめっちゃリアリティあった。

しかしあの夫婦は気遣い・人当たり最強で子どもに笑いの英才教育も施してるので、我が家にはマネはできる気はしませんが笑

色々書いたけどこんなあれこれより一番大変だったのは父の調子で、着いた日に父の調子がおかしいから様子見てくれと母に言われ話したら、言葉が出にくいと言う。わかってるけど出てこない、と言うけど銀行のいつもの子の名前が出てこやんとかわかってなさそうなことも。でも手足は普通で麻痺などはなさそう。

母は認知症だと思ってとりあえず次の週に病院の予約を入れてたけど、救急相談に電話したらすぐ連れてけとのことで我々が本の森に行ってる間に病院に行き、医者いわく脱水。

OS-1を買い込んで来て飲むようにしたけどあまり変わりなく、でも弟は少し前にややこしい手続きの話を父としたそうで、あんな複雑な話を普通にしてて認知症なわけがないと断言。

我々が帰る日にもう一度救急相談に連絡してみると行って、翌日には硬膜下血腫とわかり即手術でした。終わってすぐ話せてもうかなりよくなってるとのこと。

「また正月な」と言って帰ってきたものの、またはないかもと思ってたので心底安心しました。

弟とも色んな話をしたので、極個人的すぎる話やけど、また書くかも。