大阪人の東京子育て

おもしろいこと言えない大阪出身者の子育て備忘録

偏屈になってきている

というタイトルだけ下書きに入れてあって、このまま年を取ると自意識が高く自分を客観視できない老害に知らない間になってしまってるかもというようなことを書こうかと思ってた。

が、3日半子どもと家にいてその仮体験をしたというか、自分の世界が狭くて不安定に感じた。

若い頃は人からどう見られるか気にしなかったけど、気が弱くなったのか最近は徐々に気にしてるなと思うようになってきてて、特定の誰かにどう見られてるかというより、普通かなという気に仕方。

たぶん私は「普通でいたい」気持ちが大きくて、色んな情報を見聞きすることで普通でいるつもりでいた。

でも、昔は皆新聞を読んで、同じようなテレビを見て、同じような服が流行り、「ふつう」があったけど、今はもう考え方も多様、過ごし方も多様で普通なんてなくなってるはず。

そもそも、取捨選択してる情報が私フィルターを通してることで偏ってるし。

私は小さい会社で一人で完結する仕事なので挨拶以外しゃべらないことも多々。それでも、失職・退職するのは自分だけの世界に閉じ込められそうで怖い。

あとは同じ区内の小さな商店街を通りながら、年を取ってこの近所に住んでたらここが全てになるのかと怖くなったり。

世間一般の「普通」を基準にしてるなんて、確固たる自分がなくかっこ悪いんだろうけど。

単に人は人と関わらないと生きていけないってだけなのかな。