大阪人の東京子育て

おもしろいこと言えない大阪出身者の子育て備忘録

『傲慢と善良』と嫌悪感の正体

ここ1~2年、人が潔癖なほど完璧を求める姿に嫌悪感を抱くようになってきていました。

例えば、自分だけでなく家族まで思い通りでないと納得できないエリート、生活の跡が見えないようバエさせてる人、嫌がる子どもにボディクリームを3種類も塗ってる身内など対象は多種多様。

自分ができないことに対する嫌悪感か、心の奥で実はうらやんでたりするのかなと思ってましたが、こんまりが子ども3人を持って完璧に片付けるのをやめたという記事を見て(これは真逆だけど)こういうことかとわかりました。

「この女はモンスターだ」片づけを諦めた“こんまり”に批判が殺到…日本の“掃除のカリスマ”がアメリカで攻撃されるワケ | 文春オンライン

ニュースの主題はアジア女性差別についてだけど、私が気になったのは「単に子どもが3人もいると片付かない」というところ。同じ境遇でも完璧に仕立て上げる人もいるだろうけど、私が嫌悪感を抱くのはそういう人。

母親なら諦めろという小姑魂なのかと思いましたが、自分がこうしたい!という我の強さ・欲望を優先させている様を見せられてるからというのが正体でした。

そんな時に読んだ辻村深月『傲慢と善良』

婚活で知り合い婚約した従順な女性が”条件が良い”婚約者の前から姿を消す話。そこに出てきた言葉が最近考えてた上のこととニアミスしてました。

・女性に対しては、

単に結婚しないのでなく、独身でいることも選べない。

自己評価が低い一方、自己愛はとても強い。傷つきたくない、変わりたくない。自分の価値観に重きを置きすぎてもはや傲慢。

善良な人ほど親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多く、自分がない。

・女性の母親に対しては、

とても狭い範囲の常識と知識で生きている。

自分の物語をよく見せるために話に尾ひれがつく。価値観が曲がって、どんどん都合のいいことを言う。

子どもを信じたことがないから、自分の決めたことでないと不安。

自分の不安を優先して子どものことを信じなかった。

暇になると子どもの心配さえ道楽になる。無自覚。

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二人とも善良な人に見えてとても傲慢。でもどんな人でもそういう部分はあるし、今の日本の”あるある”でもある。

こんなことを書く辻村深月さんが気になり(特に母親に対しては”今はやりの親”が反映されているように思えて)調べたら、年は私の1歳下で子どもが2人。

直木賞作家と私では雲泥の差のようだけど、属性が似ていて日本で毎日の生活を送っている人という意味では似たもの同士と言っても過言じゃない。それでこんな風に私が感じるのか、属性が違った人でも同様に思うのか、どうなんだろう。

最後にもう1つ本から、「悪意や打算は教えてもらうものではなく、巻き込まれて学ぶもの。お膳立てされてそういう経験もない。」

ここ数年思うようになった「結局”いい人”が良い」という私の持論に真っ向勝負。いい人って言っても都合よく使われる人は単なるアホやしなというところを突かれました。子どもたちにいい人でいてほしいと思って、意地悪したりそうじゃない時は残念に思ってたけど、それも人生経験として認めた方が双方楽になれそう。

色々考えた本でした。